離れて暮らす親に「大丈夫?」って聞くと、まあ大抵は「大丈夫よ~(笑)」って言う。
でも時にはその言葉を少しだけ疑ってみましょう。
例1 ピアノの先生
友人のお義母さまの話。
友人のお義母さんは自宅でピアノを教えていました。
当時60代前半、キッチリしたとても上品な方だったそうです。
ある日、ピアノの生徒さんのご家族から友人宅に電話が入りました。

お宅のおかあさん、ちょっとおかしいですよ⁉
レッスンの約束も忘れて留守な時が何度もあって…
本人はそのことも気づいていないみたいだし。
突然の電話にびっくりして、一緒に暮らしている義父と義弟に様子を聞いてみると

大丈夫だよー
元々ちょっと変わったところがある人だから(笑)
日中、仕事に出ている旦那さん家族はお義母さまの様子を目にすることもなく「まだそんな歳じゃないでしょう~」と聞き流すだけだったと。
その後は徐々に認知症らしき症状が進んで、数年のうちに一人では何もできなくなってしまったそうです。
例2 お花の先生
高校の同級生の話。
その同級生のお母さまは一人暮らしで、自宅で生け花教室を開いていたそうです。
同級生は高齢になったお母さまを気にかけてよく電話はしていました。
ここでもお母さまは「大丈夫!楽しく生活している」と、生け花教室の話などをされて問題ない口ぶりだったようです。
ある日、生け花教室にお花を卸しているお花屋さんから電話が来て、

一度、ご実家の方に来ていただけませんか?
お母さまの状態をみてあげてください。
「届けている教室用のお花が玄関先に置かれっぱなしで枯れているのに、毎週同じように注文がくる」と。
「娘さんの連絡先を教えて」とお願いして連絡してきたそうです。
同級生が実家に帰ってみたら、部屋はごみ屋敷状態でとっくの昔に生け花教室の生徒さんは来ていなかったそうです。
例3 義母ハルさんと犬ともだち
私の義母ハルさんの話。
月に1日か2日、私は様子を見に義母宅へ行っていました。
そのたびに、

毎日、犬の散歩で犬の友だちと会うのが楽しみでね。
みんなでお茶やお菓子を持ち寄って、公園でおしゃべりしてるの~
と、犬の散歩で会う人たちの話を色々としていました。
私も(楽しく過ごせているなら良かったな)と思っていました。
ある時、二人で一緒に犬の散歩に行く機会がありました。
私が犬を連れて「あそこの公園ですよね~?」と率先していつも聞いていた公園に向かいました。
私と犬が先に公園に着くと、犬を連れた数人がベンチに集まって話をしていました。

あっ、あの人たちお義母さんのお友達かなー?
でも、私(というか連れている犬)を見て、その人たちが顔を見合わせ怪訝な顔に…
そして遅れて来た義母の姿を見るなり、全員が一斉に立ち上がり帰ろうとします。
「そろそろ帰って家のことをしないと…」
「私も○○に行く用事があるから…」
「ハルさん、久しぶり~」とにこやかに挨拶はしたものの、口々にいろいろと理由を言ってはその場を離れて行きました。
その時、気づきました。

あぁ、ハルさん避けられてるな…
楽しく犬の友だちと過ごしていたのはたぶん過去の話なんだな~
いつも話している楽しそうな出来事は、過去の良い思い出話だったようです。
後で知ったことですが、
もう公園などで犬ともだちと語り合うこともなくなっていました。

あの人たち、最近何か顔を見合わせてコソコソ私の悪口言って…
だから、もうあの公園行くのはやめたの!
そう話す様子は怒っているようであり、少し寂しそうでもありました。
自分で自分の変化に気づいていないので、相手の態度に傷ついてしまうのでしょう。
認知症の方はこうして孤独感を深めてしまうんだろうな…って思いました。
でも、私は公園にいたその犬のお友だちを責められません。
当時のハルさんはかなり理解力・記憶力が低下してきていて、会話をするのは本当に厄介でしたから💦
親の『大丈夫!』って言葉の意味
『歳なんだから気を付けて…』に対して『私は大丈夫よ~』って返してくる。
子供に心配かけないように言っているのか、自分で本当にそう思っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。
一番困るのが本当は大丈夫じゃないのに「大丈夫!」と言って自分の衰えをごまかすこと。
親とよく行き来しているなら何となく様子がわかりますが、普段は電話くらいという人は親の言葉を鵜吞みにしない方がよさそうです。
そして何か危うい兆候を感じたときは、頻繁に様子を見に行った方がいいかもしれません。
私の実家は遠方なので、義母とペットを看ている私は滅多に母に会う機会がありません。
母は一人暮らしですが、兄夫婦がそばにいるのでとりあえず心配はしていません。
その母が電話で毎度言う言葉が

あなたも大変ね~
私は大丈夫だから!
いや、悪いけどその言葉信用できないんだな~(笑)