認知症の症状の中で『物取られ妄想』を聞いたことがあると思います。
どのように被害妄想が膨らんでいくのか、私は義母で実感しました。
指輪がない
大阪出身の義母のハルさんは、犬猫4匹と一緒に一人で暮らしていました。
少々の認知症の症状に加えて足腰も弱っていたので、私はゴミ出しや犬の散歩の手伝いに毎日様子を見に行っていました。
ある日、ハルさんが言い出しました。

いつもしている指輪がないのよね~
私は片付けの手を止めることなく、「そのうち出てきますよ」聞き流しました。
だって「○○がないの~」っていつものことですから。
ハルさんも「そうやね、どっかにあんねんな」と、その時はまだ軽く考えていました。
数日たった時、

指輪がないんよ~、ずっと探してんねんけど…
盗まれたんかな~
私は「誰が盗むんですか~(笑)」と相変わらずあまり相手にしなかったものの、一応どこに置いたのか状況を聞いてみました。
ハルさん曰く、いつもはずしたらテーブル上にあるペン立てのペンに指輪をひっかけていると。
「そのペン立ての中は?」と聞いたら、「ペン立ての周りや思いつくところは全部探したけどない!」との返事。
私は(きっと、どっかに置いて忘れてるだな)と思っていました。
主張が変化していって
それからまた数日後、

聞いて!指輪、盗まれてん!!
きっと隣りの人やわ~💢
は?急に何を…
私は「いや、隣りの人なんて来てないでしょ?そんな簡単に人を疑っちゃ駄目ですよ」と軽く注意し、その時はハルさんも「そうかな…」と言って気持ちを抑えた様子でした。
その頃はハルさんに認知症の症状を感じながらも、まだ『忘れやすい、覚えられない』くらいにしか思っていたので、ハルさんの態度にちょっと不安を感じました。
それと同時に(もしかして片づけをしていた私が誤って捨ててしまったかな?)と思ったりもしていました。
これが『物取られ妄想』か
いつものようにハルさんの家に行くと、隣の家の玄関先でハルさんが隣人と話していました。
お隣りさんも義母ハルさんと同じくらいの年齢の一人暮らしの女性。
私が挨拶すると、とっても怖~い顔で睨まれました。
嫌な予感がして、「どうかしました?」とハルさんに聞いてみました。

指輪を返して!って言いに行ってきた。
でも、盗ってないって!怒るのよ~
そりゃ、怒るでしょー

証拠もないのに人を疑ったらだめですって。
第一、隣りの人は家に来てないんでしょ?
近年、お隣りさんとのお付き合いはなかったはずですから。
その後は日を追うごとに見事に妄想話が肉付けされていきました。
「隣りのおばさんが、『猫見せて♪』って来たのよ」
「お茶しながら、貴金属好きだからって持っている指輪やネックレスとかをみせたの」
「隣りのおばさんに、『私の方が似合うから頂戴』って言われた」
「試しに指輪をつけて『綺麗ねー』って言いながら、つけたまま家に帰って行った」
数年前、入居当時に隣りの人が挨拶に来たことはあったようで、それは私も覚えています。
指輪どうしたんだっけ…?と考えてるうちに昔の記憶と想像がごちゃ混ぜになって、自分にとって都合が良く納得のいくストーリーが出来上がっていきました。
警察沙汰に
妄想が大きくなっていったある日、
「○○派出所ですが…」とおまわりさんから私の自宅に電話が来ました。

お義母さんから指輪を盗まれたと電話をもらったので、お義母さんのご自宅に伺いました。
お隣りの方と話しをさせてもらいましたが、盗っていないことは確認できましたので。
お隣りさんには義母が「家に来た」と主張する日のアリバイもあるし、家の中を捜索したけど指輪はなかったらしいです。
お隣りさんも、「もう何年もろくに会話をしていないのに、なんで私が…」と困惑している、と。

お義母さん、認知症…ですかね。
近所のお知り合いも最近忘れやすいと証言されてますけど。
近所を巻き込んで大騒ぎだったようです。

そうみたいです。
すみません、ご迷惑をおかけしまして…
そして、「お隣の方がだいぶ怒ってらっしゃるので、一度謝罪に行ってください」と言われました。
そりゃ、そうですよね😓
私はすぐに謝りに行きました。
その後、息子である夫が「指輪はあきらめろ!近所に迷惑をかけるな!」と叱ったので、ハルさんが直接文句を言いに行くことはとりあえずなくなったようでした。
妄想が行動にエスカレート

最近、隣のあの人が私に嫌がらせしてくるのよ!
自分が泥棒したのに…
警察に連絡されたから仕返ししてくるんだわ。
「猫の毛や糞を入れたゴミ袋を玄関ドアの新聞受けから入れられるのよ」
「新聞受けに石を入れたり、玄関ドアに投げつけてくるんだから!」
え⁉本当に?

だから新聞受けにガムテープ貼って入れられないようにしてやった!
と、したり顔で言います。
でも、よく見たらわかったんです。
動物の毛や糞が入ったゴミ袋…って、ハルさん犬の散歩から帰って来た時、自分で玄関にポーンって投げてたよ?
「最近、石拾ってんねん♪」って楽しそうに言うから「何で石なんか拾う?」って聞いたら、真顔で首を傾げながら「なんでやろ?」って言ってたよね?
お隣りさんの玄関前に石が落ちてるよ?
隣りの家の玄関の新聞受けにガムテープ貼ってあるんだけど?
ハルさんがされてる嫌がらせって、自分が相手にしている事なんだよね⁉
分かって言ってるのかなー💦
もう無理だ~
とうとう、お隣りさんから怒りの電話が来ました。
新聞受けにゴミや石を入れられ、マンション内で「この家のひとは泥棒」と大きな声で歩かれ、早朝や夜間に玄関ドアを杖で叩かれ…

もう限界、何とかしてください!
何で私がこんな目に合わなきゃいけないんだ💢
お隣りさんからも交番からも対処するように頻繁に電話が来ましたが、ハルさんに言ってもまったく聞く耳を持たず嫌がらせをやめることもしませんでした。

あの人が盗ったの!
私はこの目で見たんだから💢
あそこに立って、あーしてこーして盗って行ったのっ!
あの人は泥棒なの!
よくもまあ、事実じゃないことをこれだけ確信を持って断言できるもんだわ。
お隣りさん、おまわりさん、不動産屋さん、近所の人、みんなが言いました。
『一人で暮らすのはもう無理だよ』
でも、どんな話をしようとハルさんは『私は悪くない!ここで暮らす!隣りの人が出て行けばいいんだ!』と言い張り、頑として言うことを聞きません。
板挟みになった私はとうとう精神的にやられて、体調を崩すほど悩みました。
自分がおかしくなってるなんて微塵も思っていない強気の義母に、私は何とか正論と理屈で説得しようとしていた…それは無理な話でした。
後日談
何とか家を出ることが決まり義母宅を片付けていたとき、ペン立ての奥底からあの盗られたと大騒ぎした指輪が出てきました。
ハルさんの『全部探した』という言葉を鵜吞みにしてしまい、私自身が隅々までよく探さなかったことを後悔しました。
夫というと、「母親に『あんたは親の言うことと他人の言うこと、どっちを信用すんねん!!』って言われて、正直、お隣りさんを疑う気持ちがゼロではなかった…」そうです。
盗られたという指輪が自宅から出てきたことで、ようやく『すべては母親の妄想だった』ということを理解しました。
『指輪が見当たらない』という小さな出来事から家を出る羽目になり、私もかなり金銭的負担と精神的なダメージを受けました。
当時はハルさんに対して猛烈に腹を立てていましたが、今は「結局あの時点で一人で暮らすのは限界だったな」と思っています。